大地堂の麦畑でピクニック

17/06/18

あなたは「ディンケル小麦」という名前を聞いたことがありますか。

「ディンケル小麦」は小麦の原種にあたる古代穀物で、ドイツ語で「ディンケル」、英語で「スペルト」、フランス語では「グラン・エポ―トル」と呼ばれ、長い歴史を持ちます。健康志向からその需要が高まりつつある現代においても、パンが好きだったり、日常的に食べ物に意識を向けて生活している人以外は、日本ではまだまだ馴染みの薄い穀物です。

堅い殻をまとった無骨なフォルムに、ナッツのような香ばしさをもつ濃厚な香り。日本で長年育てられてきた一般的な品種とは異なるのが、一見しただけでよくわかるほど力強い「ディンケル小麦」。

そんな「ディンケル小麦」の種をドイツから輸入し、国内における「ディンケル小麦」栽培のパイオニアである「大地堂」の廣瀬敬一郎さんの畑にお邪魔しました。

農家として米や麦、大豆などを育てていた廣瀬さんが、「ディンケル小麦」と出会ったのは2002年のこと。かつてパンの勉強でヨーロッパに行っていた義理の妹さんから、この小麦の存在を教えられたのがきっかけでした。ドイツの農家さんやマイスター、種屋さんたちの全面的なバックアップを受け、厳しい検疫をようやく通過し、種の輸入が実現し、滋賀県日野町で栽培に取り組み始めます。しかし、気候風土が違う日本で独学で育て始めると、失敗の連続だったといいます。試行錯誤を繰り返し、ようやく出荷できる収穫量に恵まれたのは種の輸入から6年も経った頃でした。そこまで苦労してまで、なぜ廣瀬さんは「ディンケル小麦」を育て続けたのでしょうか。

「やっぱり味です。食べた時、国産小麦にはない力を感じました。これを日本で栽培したら、きっと日本人の口に合うパンが出来るという確信もありました。」この古代小麦の魅力に惹かれ、自らの感覚を信じ、情熱をもって向き合い続けた廣瀬さんの想いが、大地堂の「ディンケル小麦」には詰まっているのです。

青々としげるディンケル畑を眺めていると、風の通り道がはっきりと見えました。あらゆる方向から風が吹いてきているのだということを、一定方向に揺れるのではなく波のようにそよぐ小麦畑が教えてくれました。

「麦の穂がしっかりとしていて重い分、風を受けてなびいた穂が戻るまでの時間が少し長いから、くっきり風の流れが見えるのかもしれません。」と、微笑む廣瀬さんを見て、「ああ、私は今日この人に会いに来たのだ。」と、改めて感じました。きっと、大地堂の畑に足を運ぶパン職人さんたちも、皆、そうだと思うのです。畑に来なくとも、ここで生まれた小麦を仕入れパンを焼くことは出来ますが、大切なのはその先にいる「人」。小麦に込められた想いを受け止め、美味しいパンをつくるには、育てた「人」と直接会って話すことが大きく作用する気がします。

この日は風は強かったものの晴天に恵まれ、関東各地から来たパン職人さんや地元の料理人さん、コーヒー屋さん、お花屋さんなど15人ほどが集まり、みんなで麦畑でピクニック。トラックの荷台に積んだてづくりの窯で、廣瀬さんのディンケル小麦を100%生地に使用したタルト・フランべを焼きました。

具材に負けず、小麦の香ばしさがしっかりと感じられるディンケル小麦の生地。畑の真ん中で食べるあつあつのタルト・フランべの美味しさといったら!そして何より、食べているものが生まれたその土地で、育てた人たちと共に「美味しい」を共有できる喜び。これぞ、麦畑でピクニックの醍醐味です。

不思議なもので、日本育ちの「ディンケル小麦」のパンは、和食に良く合います。小麦の香りと、味噌や醤油の相性が抜群に良いのです。和製ディンケルは、日本人の口により馴染むような味わいになっているように思います。

 「僕が進んだ道を、追いかけてくれる人が増えたらとても嬉しいです。もっと道を太くする人や、きれいに整える人も出てきたらもっと面白くなるでしょう。」

廣瀬さんが播いた「ディンケル小麦」の種から始まった、日本のディンケル小麦の物語はまだ始まったばかり。全国のパン屋さんで、あるいは志のある各地の農家さんの畑で、少しずつでも着実に、その想いと共に広がっています。

 

Aoi

撮影:sho-pain