VANER 東京都

夢を紡ぐパン

2018年8月、谷根千(※1)の「上野桜木あたり」という昭和初期の古民家を改装した建物の一画にVANER(ヴァーネル)オープンした。

取材に訪れた土曜日の午後、パンを求めて地元の人々や観光客がやってきていた。少し立て付けの悪い扉を開くと広がる焼きたての小麦とスパイスの香り。内部はとてもシンプルな作りで、対面式のカウンターの奥に焼き上げられたパンが並ぶ。パンを成型するテーブルは前面が透明なガラスづくりとなっているため、タイミングが合えば見学する事も可能だ。

店頭に並ぶのは、サワードウブレッド、サワードウシナモンロール、サワードウカルダモンロール、クロワッサン、パンオショコラ。

みずみずしくしなやかで香りを感じるクラムと旨味が詰まったクラストのコントラストが美しいサワードウレッドは酸味や甘みが特徴的ではあるが、食事に合わせるとそれが丸くなりより一層やさしい印象となる。これは小麦本来の味なのだろうか。ヴァーネルで扱う小麦はオーランド小麦、スペルト小麦、エマー小麦、スヴェーシェライ麦というノルウェー産の4種と、国産の小麦。すべて国内製のストーンミルで挽いている。

ノルウェーのオスロでパンを焼きはじめたという店主の宮脇司(みやわき つかさ)さん。

欧州を中心に世界各地の職人達からパンの技術を学んできたという新しいカタチの経歴を持つ宮脇さんは、まだパンを本格的に焼き始めてから日が浅い。現在28歳でパン職人歴は今年で3年目、まだ駆け出しの職人だという。そもそもなぜ宮脇さんはノルウェーでパンを焼きはじめたのだろうか

宮脇さんは渡航する前もパン屋に従事していたが、パンを焼く機会には恵まれていなかったという。「パンを焼きたい」という思いが沸々と募り、ある時ついに決断をする。仕事を辞め、まずはその足で米国へ向かったりと好きなパンをさがす旅にでる。帰国後に日本で知り合ったスウェーデン人のご夫妻と北欧の魅力に妙に惹かれ、出国の決心をする。(これまた唐突!)

行き先はノルウェー。コーヒーショップで働くが、パン職人になりたい気持ちはずっと消えないまま。そんな時に出会ったおばあさんに「パンを焼きたいのなら焼けばいいじゃない、オーブンないの?」と背中を押される形でホームベイカーとしてデビューする事となる。
日本ではあまり馴染みがないが、欧州の家庭には台所にオーブン備え付けられている事が多い。故に、多くの人が自宅で日々のパンを気軽に焼く文化なのだろう

パンづくりを試行錯誤する中、オスロの街で美味しいパンを焼く職人に出会った。惚れこんで通い詰め、どうやったら美味しいパンを焼けるか聞くと「人手が足りないから一緒に働く?」と願ってもいなかった幸運が。ここまでもそうだったが、まさに出会いが小さい奇跡のよう。

宮脇さんは日本帰国前、お世話になったお店を後にし、世界でパンを焼く旅に出

その方法がまた面白い。ソーシャルメディアで繋がったパン焼き人から仲間を紹介してもらい、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ロンドン、ベルギー、ドイツ、ポーランド、アメリカ西海岸にわたり、計8か国15店舗でパンを焼いてまわった。みんな友達で繋がっていたベーカリーやホームベイカーやファーマーズマーケットへ出店するパン焼き人たち。「遠慮することは求められていなくて」と宮脇さんは言う。皆、人に自分のパンを共有することに対して積極的。好奇心も旺盛で、インターネット上で情報交換を行い、焼き上げたパンを投稿し互いに刺激しあっている。各地で異なる文化を学び、その気づきを自ら生み出すという繰り返しを送る旅。そうやって楽しみながらパンを焼き、交流を図る事で驚くべきスピードで技術を向上させていった。

一人のクリエイターとして世界中の仲間から受けた刺激がヴァーネルを創っているのだ。

フランスのお客さんに「おばあちゃんの味がする」と言われたことが本当に嬉しかったと宮脇さんはいう。フランスからパンの文化やサワー種が欧州全土に広がり、繋がり、自分はその途中から波に乗ったように、その中でサワードウのパンを焼いているのだと改めてイメージできたからだという。

欧州で惚れこんできたパンの話をする宮脇さんの目はキラキラしていた。「ここヴァーネルで、北欧をはじめ各地で食べて知って学んで焼いてきたサワードウブレッドの魅力を、多くのお客さんに伝えられたらいい」と力強く語ってくれた。

粉選びから、働き方、味わいまでその全てが、職人から食べ手へのメッセージとなったこの時代に彼の焼くパンは何を私たちに運んでくれるのだろうか。オープンから走り続けてきた宮脇さんが見つめるその先にある世界の広がりを人々が行き交う東京の街で見守りたい。

こちらは目にも美しいサワードウシナモンロール。味覚がパン生地に折り込まれてくように、サワードウ生地の酸味とシナモンの香りが舌のうえで躍る。どこかカルダモンの香りもする。(生地にほんの少しだけ配合で練りこんでいるとのこと)

運よく焼きたてを購入できた時にはお店の前のベンチに座って頬張るのがおすすめだろう。フグレンコーヒー※2もドリップで販売しているのでコーヒーも忘れずに

 

※1  谷中、根津、千駄木この三つのエリアはそれぞれの頭文字をとって谷根千と呼ばれる。

※2  北欧スタイルの浅煎りコーヒーを焙煎、提供するロースター。

VANER(ヴァーネル)

住所:東京都台東区上野桜木2−15−6 上野桜木あたり2
営業時間:水〜日 9:00〜18:00
URL:https://uenosakuragiatari.jp/shop_space/